上毛野はにわの里公園:八幡塚古墳

ちょっと調べたいことがあり、高崎まで車で出かけてきた。強行軍だったので疲れたが,収穫が多かった。前橋インターを降り,榛東村周辺の古墳や神社等を散策。かつては桑の栽培と絹織物が盛んだったに違いない。秦族の本拠地の一つと思われる。そこから南下しながら上毛野はにわの里公園へと向かった。

上毛野はにわの里は,大小様々な古墳等を整備して構築された史跡公園の一つで,埼玉古墳群にも比較的近く,とても素晴らしいところだと思う。大きな古墳は、八幡塚古墳,二子山古墳,薬師塚古墳の3つだ。かつては,どれも川原石を用いた葺石で覆われていたようだ。

駐車場に車を停め,まず八幡塚古墳へと向かった。この古墳は,とても大きな前方後円墳で,かつて葺石で全面が覆われていた様子を完全に復元し,また周囲に並べられていた埴輪も完全復元し展示されている。

八幡塚古墳


この古墳は,周囲を大規模な二重周濠で囲われており,4つの円形の施設を附属させている。おそらく,往時においては,この濠に蓮の花がいっぱい咲き,4つの附属施設上には4神獣(玄武・朱雀・白虎・青龍)を祀る神殿のような建物が構築され,とてもきらびやかで極楽浄土のような姿だったのではないかと想像する。なぜなら,この地は,保渡田というからだ。保渡は秦の読み「はた」または「はだ」から来ているのに違いない。『古語拾遺』等では秦の読み方を「波陀」としているが,これは「仏陀」に由来すると思われ,仏教徒の国からの渡来民なのだろうと思う。そして,その墓地も仏教や神仙思想等を織り交ぜたものであったのに違いないと思うからだ。ちなみに、『扶桑略記』を丁寧に読んでみると,実に面白い。日本は,もともと仏教国だったと思われる。漢方(中薬)の研究で有名な難波恒雄博士が仏教医学の研究に夢中になるのも当然のことだと悟った。

再現展示されいる埴輪は本当に面白い。盾をもつ兵士の帽子が何とも特徴的なので,古代の中国大陸に存在した諸民族の服飾を丁寧に調べているところだ。決して古代朝鮮方式の服飾ではない。埴輪群像として展示されている部分では,片肌脱いで乳を出した半裸の女性像やら,褌姿の力士のような男性やら,甲冑を身にまとった武人やら,鷹匠に違いない男性像やら,集合して演奏する楽人やら,鶏や鵞鳥やら・・・とても賑やかで興味深かった。後漢~魏晋南北朝当時の中国大陸に近似したものがあり,目下,丹念に調査中。

八幡塚古墳


八幡塚古墳


八幡塚古墳


埴輪を見てから,墳丘部に上ってみた。とても大きい。

八幡塚古墳


八幡塚古墳


墳丘部を降りてから,前方部のほうに回ってみた。前方部の正面から見ると,階段状ピラミッドのように見える。そのような視覚的効果を狙って築造されていることはほぼ疑いない。中国の秦代~前漢代には,エジプトのピラミッドとよく似た形の巨大陵墓が多数築造された。その構築技術が日本にも渡来していたのだろうと思う。高句麗古墳との類似性を指摘する見解もあるが,現実に高句麗の遺跡に関する学術書を多数取り寄せて読んでみると,高句麗由来説には疑問がある。現在の韓国の人々が新羅のものだと信じている古墳ともかなり異なる。

前方部を見上げながら,明日香の階段ピラミッド状古墳に決して負けていないどころか,むしろ逆にこちらのほうがずっと立派なのではないかと思った。八幡塚古墳が階段状の方墳ではなく前方後円墳になっていることには,それなりの歴史的背景があると思う。古代中国の魏晋の時代に円形の山と方形の山を合わせた場所で天を祀る方式が誕生したと中国の正史には明記してある。

八幡塚古墳


おそらく,謎を解く鍵は雄略天皇にある。そして,継体天皇が登場せざるを得なくなった原因の一つには榛名山の大噴火とそれによる毛國の衰滅(=農業生産物の畿内流入の停止または大規模減少)という恐るべき自然災害があるのではないかと思った。

榛名山の噴火がおさまった後,毛國は再び屯田された。その富は,再び畿内へと持ち込まれ,それによって権力を拡張したのが蘇我氏であろうと思う。ゆえに,蘇我氏と物部宗家との争いとは,実はその富の争奪戦だったのではないかと想像する。

「忍(押)」との名のある神は,おそらく毛國と密接な関連を有すると推定される。

当時における日本国内での農産物の生産高は,明らかに毛國が随一で,畿内に大量に移送できるだけの十分な余力をもっていたのだと考える。大和地方の生産力では自己消費するのが精一杯で,強力な軍隊を維持することなど到底できない。それゆえ,壬申の乱でも,勝敗を決したのは,尾張の軍隊だったのだと思う。尾張の生産力は,明らかに近畿を凌駕している。なにしろ,当時の大阪周辺は大部分が海の底で,稲作が可能な場所は限られていた。陸地であっても潮の満ち干と共に海水の入る地域では稲作がほとんどできない。


  上毛野はにわの里公園
  http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013122401080/

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