つくば植物園:様々な果実

いろいろとあって,気が滅入る日が続いている。今日は,晴れたので,気晴らしにつくば植物まで出かけ,のんびりと散策してきた。さすがにこの時期なので,キク科植物などを除いては花は圧倒的に少ない。でも,木の実や草の実がある。様々な小さな果実を鑑賞して楽しむことができた。


Cornus officinalis
サンシュユ


Kadsura japonica
サネカズラ


Smilax china
サルトリイバラ


Patrinia villosa
オトコエシ


Clematis stans
クサボタン




 筑波実験植物園(つくば植物園)
 http://www.tbg.kahaku.go.jp/



この記事へのコメント

らん古
2009年11月23日 21:43
これもまた実りの秋なんですね。
さねかずら 百人一首で でてきますね。

名にしおはば 逢坂山の さねかずら 人に知られで くるよしもがな

この場合の さねかずら は 五味子 の和名で 正木のかずら ともいいます。とのこと(学燈文庫)。

さねかずら 五味子 正木のかずら すべて解りませんでした。
調べもしなかったのですが、こうやって 画像で解説いただけると よくわかります。
ありがとうございます。
2009年11月23日 21:48
こんばんは
真っ赤な実は一見美味しそうに見えます^^;

秋には赤い実が多いですね。
鳥などの動物に食べてもらう為なのでしょうかね?
2009年11月24日 07:44
辛口兄さん こんにちは。

木の実や草の実には毒のあるものもありますが,その多くが小鳥や小動物たちにとっての冬の間の貴重な食料源になっています。時期を異にして熟していく様々な小さな果実の種類が多ければ多いほど,小鳥や小動物たちは切れ目(端境期)なしに食料を得ることができるわけです。ですかから,自然界において,「単調ではなく,様々な要素が混在し共存している状態」というものが非常に重要で,そのような状況にあるところでは植物だけではなく小鳥や動物や昆虫などの種類もとても豊富になります。

都市の公園では,人間にとって好ましく,かつ,管理しやすい植物だけ植えます。これは,「自然」というものを考えた場合には,非常にいびつなものだと思っていますし,著しく生産性の低い状態だとも考えています。

ルネサンス以来ずっと正しいとされてきた「ヒューマニズム(人間中心主義)」それ自体を見直すべき時代になってきているのかもしれません。
2009年11月24日 07:49
らん古さん こんにちは。

この歌は,こっそりと女性をナンパする趣旨のものですね。^^;

http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/025.html

サネカズラは強い植物で,茎(蔓)は木質であり,葉も大きくてがっしりしています。しかし,葉が比較的大きいため,からまっている樹木の葉のように見えてしまい,意外とみつけにくい植物かもしれません。その蔓が複雑に絡まりあいながら,しかもそれを人に悟られることなく,ひそかに樹木を這い登る様子が,この歌で「さねかずら」にたとえられているのだろうと思います。

百人一首でもそうなんですが,日本人は恋愛や性愛について本当は非常におおらかな文化をもっている種族だったんだろうと思います。明治維新にキリスト教の布教が公認されて以来,そのような伝統的文化または性に対しておおらかな精神は破廉恥で非文明的なものとして排撃の対象になってきました。

でも,どちらが正しいのかは,よく判りません。^^;
yocomo
2009年11月25日 18:39
こんにちは

深山には霰降るらし
外山なるまさきの葛
色付きにけり

このうたに曲をつけたものが
私の高校の音楽部の部歌です。

まさきのかずら、初めて知りました。
ありがとうございました。

これは、艶っぽい歌じゃないですよね?
2009年11月27日 09:35
yocomoさん こんにちは。

この歌は,もともとは宮中の神楽歌だったものが古今集に収録されたということのようですね(←専門外なので不正確かもしれません。)。

http://www.ikkyu-land.gr.jp/topix/ishibumi/kagura.html

というわけで,艶っぽい話とは無関係のようです。(笑)

深山をあおぐことのできる低地山林を散策していると,この歌にうたわれているような風情というものを感じることができることがあります。

かつては相当広大な森林というものが全国各地にあり,人々はその森林を濃く埋めつくす朝霧の中でひときわ色づいてみえる紅葉や木の実を目にして,何かしらの無常観と共に清浄な「神さびた」気持ちというものを深く感ずることができたのでしょう。

ただし,現在の関東地方ではほとんど無理です。

東北地方だと,まだまだ立派な森林がたくさんあるので,高山の初秋のころ,晴れた朝にまだ朝霧がたれこめている林内を散策すると,似たような気分を味わうことができるかもしれません。

関西だと,京都周辺,和歌山,奈良などでは現在でもそれが可能だと思われます。やはり古から神域とされているところはどこか他所とは違うものだと思います。

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