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松本へ向かう旅の途中で立ち寄った池の平湿原でノアザミの花を観ていたら,セセリチョウの仲間のチョウが飛んできて蜜を吸い始めた。とりあえず写真を撮り,帰宅してから調べてみたら,オオチャバネセセリのオスらしいということが分かった。 オオチャバネセセリ(Polytremis pellucida Murray)は,セセリチョウ科に属し,北海道,本州,四国,九州に分布し,草地などで6月〜9月ころに見られるチョウということだ。 山野には動植物採取禁止区域が多くなってきた。一切の動植物の採取が禁止されているところも少なくない。 にもかかわらず,非常に大きな捕虫網をもった人々をときおり見かける。業者やマニアらしき人々もいるし,単純素朴に昆虫採集を楽しもうとしている親子連れもいる。 業者やマニアらしき人々に対する規制は実際には存在しないのに等しい場合が少なくない。パトロールの多くがボランティアで警察官ではなく,もちろん拳銃も所持していない。かたや業者やマニアの中には武装している者もあるので,うかつに注意することもできない。人どおりの少なく山の中で殺されるのはごめんだ。今後は拳銃を装備し,必要があれば発砲して応戦するだけの訓練と準備のある警察官を大量に導入してパトロールする必要が出てくるだろう。だが,日本国の国民はあまりに平和ボケしすぎて,このようなタイプの意見には反発しか与えられないだろう。話せば分かる人もいれば,話している間に攻撃してくる者もあり,さまざまだということを認識・理解すべきなのだが,現実を無視して誰でも一律同じで平和的なのだと錯覚してしまうような間違った平等教育が徹底されすぎているため,合理的な判断のできない者が少なくない。 他方で,単純素朴な親子連れの姿を目にすると,とても悩むことが多い。もちろん,中には単純素朴な親子連れを装った業者もいるらしいのだが,そのような例は除外して考える。 子供は,現実の昆虫を手にとり育ててみることによって,よりよく自然を知りその大事さを理解することができるようになる。その一方で,保護対象とされている動植物には一切手を触れてはならないということも教えなければならない。しかも,多くの場合,それは親の義務であって教師の仕事ではない。世の中には何でもかんでも学校で教えるべきものだと誤解している親が決して少なくない。しかし,教師は本人の勉強を補助することしかできない。基本的には親が生きるために知るべきことを教えることを含めて子供の面倒をみるのが原則だし,もしそれができないというのであればそもそも子供をつくるべきではないと思っている。だが,そうは言ってみても,生きるために必死になっている親のほうでも余裕がないというのが現実なのだ。 とにかく,理想と現実とは異なる。 小さなセセリチョウが夢中で花の蜜を吸う姿をみつめるたびに,このような思いがどうどうめぐりのようにして私の脳裏に浮かんでくる。 人間の存在やその欲望を一切無視した理想論をぶってみてもうまくいくはずがない。だからと言って無法者を傍観するだけで放置してよいはずもない。 一体全体どうしたらよいものやら・・・ オオチャバネセセリ http://www.h2.dion.ne.jp/~lev.1000/oochabanese.htm オオチャバネセセリ http://www.g-hopper.ne.jp/free/fukuda/zukan-a/sesericho/za_oochabaneseseri.htm |
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オオチャバネセセリ(2)
それまでに出会ったのはこのチョウただ一匹。草地で懸命に体を温めようとしているようだった。今年はじめて見るオオチャバネセセリ。だがこの後ベニヒカゲとともに花にきていた2-3匹はすべてイチモンジセセリだったので、100%の自信はない。両者を見分ける後翅の斑紋が... ...続きを見る |
my蝶あるばむ 2006/09/15 17:20 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
ごぶさたしてます。 |
grassmonblue 2006/09/15 17:15 |
grassmonblueさん こんにちは。 |
電脳中年A 2006/09/16 07:17 |
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